聞くつもりは無かった。
ただ、図書室に向かう途中、普通科の棟に図書室があるのだから普通科の教室の前を通らなきゃいけないわけで、だからと言ってこの教室の前でなければならないわけじゃないけど、
でももしかしたら、ひょっとしたら、あの人会えるかなって考えたら、自然と足がここに向かってたんだ。
そこで、聞こえた会話。
『まさかユウが……ロードを好きになるなんてさ』
***
「アレン〜?」
「………。あぁ、ロード」
昼休みに入って数分経つが、動こうとしない僕に不思議に思ったのだろう。
ロードが弁当箱を持って話しかけて来た。
「どうしたのぉ? 早弁しちゃったとか?」
「いえ、弁当はありますよ」
「じゃあ何で食べないの?」
「今から食べようと思ってたんです」
「ふーん……」
僕の返答に首をかしげながら、ロードは僕の向かいに座り弁当を広げた。
他愛ない話を繰り返し、ロードの嫌いなおかずを食べてあげたりと、いつもの昼休みの時間が過ぎていくが、いつもより食が進まない。
「あれ? ねぇこれ……」
「どうしました?」
『これ』とロードが手に取ったのは僕の鞄から覗いていた本だった。
「昨日図書室に返しに行ったんじゃなかったのぉ?」
「え……」
言葉につまった僕を不思議そうにロード
が除きこむ。
実は昨日の放課後の事はあまり覚えていない。
逃げるように普通科の棟から出ていったのは覚えているが、そこから家までの道のりが分からないのだ。
ただ、モヤモヤとした気持ちだけが消えない。それがなぜなのかも分からない。
モヤモヤは募るばかりだ。
「……じゃあさ、今から返しに行こうよぉ」
「今から!?」
「ティッキーも呼んでさ。どうせティッキー暇だしぃ、アレンが呼んだら飛んでくるよ」
「……って、それ僕の携帯!!?」
「はぁい少年! 少年の愛の風に乗っ」「じゃあしゅっぱーつ!」
「ちょっ、ロード! 携帯返して下さいよ!」
「ソッコー俺空気扱いかよ!」
僕の携帯を握ったままのロードを追うように普通科の棟に行くはめになった僕は、そこで見たくなかった光景を見る事になった。
***
「まぁた来たさ! 変人どもめ」
「ロード、それ私のお菓子よ」
勝手知ったる様子でおやつを荒らしだすロードとティキに阻止しようとするラビとリナリー。
彼らの防護戦を後ろで見ていた僕は一人取り残されて人知れずお腹が鳴ったが、目の前の戦いに参戦する気にはならない。
(てか、本を返しに来たはずじゃ……)
弁当を半分程しか食べていなかった事を後悔したが、きっと昼休みが終わるまで彼らに付き合わされるだろう。
泣きたい気持ちが沸き上がった時、助け舟を出したのは意外な人物だった。
「ほら変人! 仲間が腹減ったって顔してるさ!」
突然自分に振られ、驚く暇もなくロードが抱きついてきた。
「アレンお腹すいたのぉ? このチョコあげる」
「俺のチョコじゃねぇか!」
「少年、俺のクッキーも食べな。俺の愛をたっぷりつめておいたぜ」
「それも俺のだろ!? 余計なもんつめんなさ! もぉ返すなよそれ」
口に押し付けられたチョコを食べながら背後で扉の開く音が聞こえた。
(ヤバっ……先生かな)
こんなお菓子を食べ散らかしている状況を見られたら怒られる。
恐る恐る後ろを振り返ると、
(あ……)
神田が立っていた。
「ユウおっそいさー! そいつらに奪われたチョコ奪い返すの手伝って」
「もう僕とアレンで食べちゃったもんねー」
「あれ、俺は? 俺の存在は?」
それぞれが好き勝手騒ぐものだから僕も巻き込んでもみくちゃになる。
だけど、僕はそれどころでは無くて……
(……どこを見ているんですか?)
自分の席へと歩いていく神田だが、こちらを気にも止めていないように見えて時折視線だけがさ迷う。
それは席に腰をおろすと、迷いも無くまっすぐ視線を定めた。
「……っ」
こちらを見ている。
頬杖をついて、射るような強い視線。
その先に居るのは僕と、
「ンじゃあアレン、そろそろ帰ろぉ」
「……え?」
「クッソ、菓子ほとんど食いやがったさコイツら!」
「まぁまぁ、そう怒んなって。クッキーは返してやるよ」
「それはいらねぇ」
お菓子を食べ尽くしたらしいロード達に袖を引かれて教室を後にする。
神田の席を通りすぎる時、僕の視線は不自然に泳いだ。
「ユウー、なぁんで助けてくれなかったんさー」
神田の名前が出ただけで、心臓が跳ねた。
賑やかな教室を出た後も、過剰な程に意識してしまう彼の存在に、自分自身で戸惑う。
正直な所、早くあの場から去りたかった。
いたたまれない気持ちが大きくなって、ロードに帰ろうと言われた時はほっとした。
なのに、いざ教室を後にしてみれば、名残惜しくも感じている。
(あぁ、そうか。僕は神田が……)
神田の席を通りすぎた時、その間、神田の視線はどこにあったのだろうか。
『ユウがロードを好き……』
これはあんまりじゃないか。
(自覚したとたん失恋なんてさ)
僕はもう、キミの視線を追うのがツラい。