忍者になれば、
忍者として就職すれば、
お前に得物を向けなくていいと思っていた。
「染め物…屋…?」
『如月の戦にその染め物屋が関わっていた』
「…断定の、根拠は?」
『店に出入りしていた馬借が忍術学園に出入りをしていた。馬借の方に三月程張り付いてみれば絡繰りの笹山兵太夫やフリーの摂津のきり丸、果ては風魔の里にまで繋がりがあった。その各々に出された文は全て染め物屋からのものだった』
「拠点ですね…」
『そうだ』
表情を殺すのが精一杯だった。
心当たりはありすぎる程ある。
あいつらが相変わらず好き勝手やっているのは知っていたから。
『あの戦に横槍があったと世に知れれば不味い。池田、』
「…はい」
『お前に任せる』
「はい」
繋がりを疑われている。
俺が忍術学園の出身者だから当たり前だ。
頭を下げて返事をする。
恐らくこれば潔白を示す為に用意された任務だ。
「お待ちしておりました」
「……」
商売道具も家財用具もないガランとした様相に驚かれているようだった。
卒業以来会っていなかった先輩はお侍の格好をしている。
不機嫌そうな表情はあの頃のままのようで少し嬉しい。
「お前だけか?」
「父と母は随分前にこの土地を離れました。少し遠くですが息災に暮らしています」
「そうか」
「はい。首は一つあれば充分かと思いまして」
今日いらっしゃると教えてくれたのはきり丸だ。
だから昨日は部屋を綺麗に掃除して出来る限りの身繕いをした。
「お前の首なんかいらないから」
「え、ダメでした?一応みんなから髪の毛貰ったのでそれでなんとかして下さい」
「……お前さぁ、」
呆れたようにため息を吐いた姿に怖くなった。
もしかしたら僕等の読みが甘かったのかもしれない。
先輩の身の潔白が証明出来ずに諜報が疑われるようなことがあってはいけないのに。
「申し訳ありません!僕、」
「いや、だから」
「あの、三郎次先輩、あの、」
「お前を選ぶ選択肢もあるだろ」
「………へっ?」
「それって………心中?」
「流石アホのは組だな。こんな時までボケかますなよ」
「え、だって、え?」
疑問符を撒き散らす伊助の頭を一発殴る。
ゴツンといい音がしてうずくまる伊助はやっと俺の目を見た。
「まぁこんだけ整理ついてるなら好都合だ。父君と母君にはなんて言ったんだ?」
「…忍者の仕事をするから僕は死んだものだと思ってくれ、と」
「へぇ、一丁前なこと言ってんな」
「いいじゃないですか!」
「俺と来い」
スカウトしてやる、と伝えれば今度は悲しそうな顔で首を振った。
「ここで情けをかければ先輩の城は落ちてしまいます。僕が生きているとなればは組のみんなが黙っていないでしょう。先輩に首を差し出すことを今日この場限りで見ぬ振りをしてもらっているんです」
「お前ちょっとは俺のこと信用しろよ。お前一人くらいどうとでもなるんだよ。考えてもみろよ、こんだけのことやってのける首謀者が次期忍頭にゾッコンなんだぞ?採用されるに決まってんだろ」
「……何故そんな面倒なことをする必要があるんですか?」
僕の首一つで全てが丸く収まるのに、と。
言い募る顔を張り倒したい気持ちになった。
手が出なかった分だけ俺も成長したんだと思う。
「お前なんでこんなことした?」
「それは…先輩はあんな無益な戦で命を落としていい方ではないからです」
「…一緒だろ」
「え…」
「おれはこんな無益なことでお前は死ぬべきじゃないと思った」
それだけだ、と。
そう言って俺は後ろ向いた。
そのまま伊助が泣きやむのを待つのも昔と変わらない習慣だった。