ただ傍にいて、温もりを分けてほしい。
君に愛されたいと願ってしまうのです。
「…ねぇ」
「はい?」
「とりあえずなんだけど
…コーヒーとか…飲む?」
にっこりと彼が頷いたのを見て、2つで用意しかけたカップの隣に、もうひとつを並べた。
ーーーーーーーーつい数分前のことだ。
キッチンでトレイくんを見かけた。
せっかくだし一緒に休憩でもと思ってコーヒーを入れようとしただけだった。
そこに突然、ふらっと現れたのがオクタヴィネルの双子くんの片方。
イカれてない方の彼なんだもん。
………完全に謎展開。
なんで、ここ。
ハーツラビュル寮のキッチンに彼が遊びに来るんだろう。
そんな思いを抱きながら、突然やってきたジェイドくんにもコーヒーを出した。
「…ハイ、どうぞ」
「ありがとうございます」
コト、とテーブルに乗せたカップが音を立てる。
「………」
「………」
「………」
絶妙な気まずさと、
できるだけ長く一緒に居られるだろう、と
熱く入れていたコーヒーが裏目に出る。
「少し早く着き過ぎてしまいました」
沈黙を切り裂いたのは、ジェイドくんだった。
驚くことに、何か約束があったんだ…
「ああ、別に構わないぞ」
「…今日はケイトさんも一緒に?」
「あー…いや。
ケイトは」
恐れていたことが起こる前の前兆。
ーーーーそんな嫌な予感がする。
視界の隅で揺れる2つの寒色が霞み、
ぽつりぽつりと繰り返される会話も、すべて。
この手に掬うように、掴み取れるものなら良いのに。
「…ケイト、俺たち」
「うっわ、ヤバっ!
リリアちゃんと打ち合わせあるの忘れちゃってた…!!」
鳴ってもいないスマホをわざとらしく取り出して、
慌てたフリをする。
「ははは、軽音部もちゃんとやってるんだなっ」
「ふふ、また素敵なライブの作戦会議でしょうか?」
「ん〜、まぁ!そんなとこかなっ☆
だから…オレ行かなきゃいけないや!」
コーヒーは2人に任せた!
とか何とか言って、何にも約束なんて無いのに部屋を後にした。
正直言って、逃げ出したようなもの。
行くところも無いけど、とりあえず部室にでも行こう…と重たい脚を引き摺った。
部室には案の定、誰も居ない。
余計に寂しいこの部屋で、ぼんやりと彼と過ごしたこの1ヶ月を思い出す。
なんだかんだでそばに居て、身体を重ねるのが週に1回。
誰にも言えないけど、こそこそ続けるこの交際は幸せ。
だと思う。
秘密の関係、彼はよくそう言ってた。
思い返せば「好き」という言葉を彼から返された事はあっただろうか?
かわいい、きれいだ、愛くるしいーーーー
称賛の言葉は多々あれどそこには『愛』がない事が、うっすらと影をつくって幸せな記憶にヴェールをかけてしまう。
「…なんだ、そういうコトだったのかな」
それならオレの気持ちは、隠す意味さえ初めからない。
宙ぶらりんになった感情を真昼の空に放って泣きたいくらいだ。
「ばっかみたい」
答えはでたようなもの。
…分かっているのに、悩むのは。
可能性を捨てられないのは。
「……オレは本気
なんだけど、ね」
ならばこの愚かな愛を、どうか受け取ってはくれないだろうか。
今も、今までもこれからも。
本当の願い事は、きっとそれだけだ。
目を閉じれば、今だってすぐに秘密の世界に潜ることができる。
『…ケイト…』
いつも戯れを装って回された腕の中。
背中から聞こえてくる心音の穏やかさ。
オレとは違うゆっくりとした律を刻むそれに、いつも和んでいたが思い返せばそれは違うといえるだろう。
平静が、音を立てて今にも壊れそうだ。
隠していても隠しきれない、甘やかなその恋が。
自分ではなく他寮の彼に差し向けられていると気づいても、オレはきっと関係を終わらせられない。
心臓の音も、声音も、表情も。
すべて隠しきれてしまうから。
器用に、誰も傷つけないように。
空気を読む。
本当はこんなにも、とっくに壊れていても。
考えれば考えるほど、辛くなる。
恐ろしい結末が待っていても、まだハッピーエンドを捨てきれないから。
何度もこの部屋を出ては、引き返し。
何時間もかけて、震える足取りであのキッチンへ戻る。
『…ああ…ごめん』
その光景に息が詰まる。
どうかその初恋のような眼差しを、向けないでくれないか。
秘密のソレとは違う。
その純粋が息苦しく、腕の中のであんな顔ができる君が、心底羨ましい。
そう言ったら、
そんな醜いことをオレが言ったなら。
きっと彼は、躊躇いもなく言うのだろう。
そんなことを言うくらいなら、もうお前とはこれきりだと。
そんな先走った妄想よりも、現実はもっと残酷な言葉を躊躇なく突き立ててくる。
優しい速度で、壊してよ
『トレイさん…僕も貴方が好きですよ』
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