急に無性に書きたくなったので。
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夜営中のことだ。
アキュリュースから配達の品を運ぶ、ごくありふれた依頼で、そう急ぐ旅ではなかった。
冒険者になって数ヶ月、森で過ごす夜にも慣れてきた。初夏の森は日毎に緑の匂いが濃さを増し、夜を縄張りにする動物たちの息づかいや虫たちの声が響いている。
月のないこんな夜は、あまり出歩くものではない。世界を照らす銀盤がない夜、普通の人間には、足元のほんのわずかな窪みや木の根を見分けることができないのだ。
彼が共に旅をしている少女も、そんなことは百も承知のはずなのに、今夜は奇妙なことを言い出した。
「夕飯を終えたら、水辺に行きたいの」
「水浴びなら、明日の朝の方がいいだろう」
「そうじゃないわ。見たいものがあるの。貴方が落ち着かない気持ちになっていうのは、わかっているのだけど」
なぜと尋ねても、どうしても今夜がいい、と食い下がられ、結局彼はため息混じりに承諾した。
彼にとって、夜の森はそれほど暗いものには感じられなかった。まして、今宵は新月である。躯は常よりも軽く、彼女の望む水辺へ行くために、その手をひくよりも、抱えてしまう方がずっと楽だった。
水の流れる音が大きくなり始めたころ、少女が突然声をあげた。
「レムオン、ほら、見て!上よ!」
まさか己の気づかぬうちに魔物がいたかと、即座に少女を片手抱きにし、空いた手を剣の柄へと滑らせながら敵の姿を頭上に探して、一瞬動きを止めた。
ゆっくりと明滅する光が尾をひいてはなれてゆく。魔法ではなく、魔物ではなく、あれは。
「虫か?」
「そうなの!綺麗でしょう?あ、ほら、またいた!」
はしゃぐ声に、クッと笑って、小さくひとつ息をついた。
「お前はこの虫が見たかったのか」
「そうだけど、もっと、すごいのよ、水辺は。ねえ、はやく行きましょう」
澄んだ瞳が夜目にもまぶしく、きらきらと輝いている。少女が虫が好きと言っていた覚えはないので、きっと光っているのがよいのだろう。存外子どもである。きっとこれも、実の兄と見たのだろう。
言われるままに水辺へとすすみ、視界がひらけた瞬間、彼は目を見開いた。
満点の星の下、闇の帳が降りた木々に、川に、星が降っている。
否、星のようにまたたいているのは、さきほどと同じ虫たちなのだろう。
水面に映る光も、木々の合間にまたたく光も、星々と遜色ない。
「森いっぱいに、星が降っているみたい」
うっとりした声で少女が漏らす。
以前、同じ言葉を聞いた。
初夏に、水辺を星のようにまたたく虫がいて、とても美しいのだと、少女は今のように興奮して言っていた。虫が光ったとして、なにが美しいものかと思ったものだが。
「成る程」
「すごく、すごく綺麗だから、レムオンと一緒に見たかったの」
よかった、と少女が笑った。
お前の方が美しい、という言葉は飲み込んで、レムオンは少女に口付けた。
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