スポンサーサイト
この広告は30日以上更新がないブログに表示されます。
ログイン |
「……ちっす」
備府はカクンと首だけを器用に下げて会釈をしてきた。伸ばしっぱなしの黒髪を今日は珍しく結ばずに垂らしている。その野暮ったい姿がかえって愛おしくて、僕は仕事の疲れが霞んでいくのを感じた。
「こんな時間に備府が外にいるなんて珍しい」
「バイトの帰り。時間通りに終わったんだけど、バイトの奴と喋ってたら遅くなった」
「そっかぁ。帰り道で会うなんて偶然だね」
「……そっすね」
備府の返事は妙に素っ気ない。けれどそれは不機嫌なわけではないのはよく知っている。自宅から一歩外に出れば、常に誰かが半笑いで自分を見ているように思えて腰の落ち付け所が分からないらしい。外で口数が減るのが備府だ。
はじめこそ様子がおかしいと心配したものだったけれど、付き合いもこう長くなると「部屋の中の備府」「外の備府」の両方を熟知してしまうもので。備府は一度で二度おいしい。しかもギャップのある備府の姿は恐らく僕しか知らない。その優越感や独占欲のようなものは、ジワジワと僕の心を満たしていく。
……もしかして、僕の帰りを待っていてくれたのだろうか。
備府の赤くなった鼻先を見つめながら自惚れた妄想をしていた所に、何かが飛んできた。
「うわっ!? とっ、と……」
慌ててそれを受け止める。その温かさに驚き見ると、缶のコーンスープだった。
「やる」
備府がぶっきらぼうに言う。その手には同じものが握られていた。差し入れの飲料にコーンスープという少し斜め上なチョイスが備府らしい。そして、夕食をとっていなかった僕には一番嬉しいチョイス。これは一体、どこまで計算しての事なのだろう……。
付き合いが長くなっても、備府のこういうちょっとした箇所が読めなくて僕は楽しい。まるで期待を持たされて舞い上がる「友達以上恋人未満」の片割れような、むず痒く萌え出る気持ちを未だに味わえる事が嬉しいのだ。
「わ、ありがとー!……あー、あったかい…」
投げ渡された缶は、冷え切った指先には温かいものの、買ってから少し時間が経過している様子が伺えた。やっぱり僕を待っててくれていたんだね…なんて、自惚れが止まらなくなってしまいそうだ。
缶で両手を温めていると、備府はしたり顔でニヤリと笑った。
「お買い上げ一万円でございます」
「ええ〜っ!ぼったくりじゃん、備府ひどーい!」
「プレミアっすよ、矢追さん」
「う〜ん……」
備府いわくプレミアもののコーンスープのプルタブを引く。カシュっと思った以上の良い音がした。
「プレミアはもう少し有名になってからにしてくださいよぉ備府先生。最近奇をてらったロリエロ漫画ばかり描いてらっしゃる様子ですけど次回作はどうするんですか?」
からかってくる備府に負けじと、僕も悪戯っぽい言葉で返す。
「ファッキュー!ブチ殺すぞごみゅめら」
「ははは、言えてない言えてない」
「あーーあーーうっせえ!もういいそれ返せ!お前に飲ますスープはねえ!」
「しーましぇ〜ん。……じゃ、いただきまぁす」
備府の隣へ腰掛け、へらへらと談笑しながら開栓したスープを味わう。
コーンの甘い香りと温かさに一息つくと、カチカチと小さな音がせわしなく聞こえてくる事に気がついた。
音のする方へ目を落とせば、備府が未だに缶を開けきれずプルタブと格闘していた。何気ないように僕と会話をしながら、その指はプルタブを立ち上げようと必死だったのだ。
「あれぇ備府さん?缶、開けきれないのォ?」
「うっせ!てめー深爪なめんなよ!」
カチカチ、カチ、カチ……
プルタブを逃がす音ばかりが響く。ニヤニヤとその様子を眺めていると備府は更に渋い顔をした。こちらをジトリと睨みながら、わざとおかしな顔で威嚇をしてくる。
缶を握ったまま、いつまでももたついている備府の手元を眺める。
野暮ったい風貌の主とは裏腹に、スラリと長細い綺麗な形の指。僕がこの指を好きなのは、ただ単に見た目が良いからだけではない。彼の理解されにくい繊細さがそこにヒッソリと顔を出しているようで、つい見とれてしまうのだ。綺麗な指がモタモタとプルタブを摘めずにいる様子など愛おしくてたまらない。
「指が冷えてるから?感覚がなくて開けにくいのかな」
「いーや、深爪だね。だって俺、昔は普通に開けれたし。バイトして爪を切るようになってから全然開かなくなりやがったんだよコレ。あああ!腹立つ!」
癇癪を起こしたように握り締めた缶をブンブンと振り出した備府を見かねて、僕が代わって缶を開けて手渡す事にした。
「……ども…っす」
バツが悪そうに、備府はそれを三口程で飲み干した。最後に缶の底をトントンとつついてコーンを出している。
「……備府、僕の帰りを待ってくれてたんでしょ?」
「いやいや。通りがかっただけですしおすし」
思った通りの返事に僕は思わず含み笑いをする。シラを切る備府の鼻先はやっぱり赤い。伸ばしっぱなしの髪とマフラーに隠れた耳のふちも、よくよく見れば赤い。
「指……こんなに冷たくなってる」
指をキュウと握り締めると、備府は慌てて周りを気にした。どうせこんな時間の公園に人などいない。見られて困るとも思っていない。僕は構わず備府の指に熱を分けた。
細長い指は、近くで見ると随分と荒れていた。すっかり働き者の手になった備府の顔を見る。面構えも学生の頃とは少し違っていて、感慨深いような、焦りを覚えるような、不思議な気持ちにさせられる。
「……長居してたら風邪ひいちゃうね。はやく帰ろ」
備府の指先を握ったまま、僕は自分のコートのポケットへ手を差し入れた。
「ちょちょ、おい、矢追」
「なに?」
「手。放せよバカ」
「寒いから不可でーす」
「うっわ出た『寒いから』!『冬のせい』!このひとりJ-POP野郎」
「……冬のせいっていうか、『備府のせい』?」
「俺すか。いやいやないっすわ……」
だらだらと歩き出す。ポケットの中で、備府の指が観念したように僕の指に絡みついていた。
性 別 | 男性 |
年 齢 | 73 |
誕生日 | 8月18日 |
地 域 | 福岡県 |
系 統 | ギャル系 |
職 業 | 小学生 |
血液型 | B型 |